主観と客観を合わせるコミュニケーション

2019/3/13の記録

 

 

去年と比べたらずっとよくなっている。でもより高いレベルを目指すならまだまだ。それがコミュニケーション不足だと思っています。

やはり試合が近づくにつれて、指導者としては絶対にプランでミスをしてはいけないという気持ちからか、「これをやれ」「あれをやれ」という一方通行な指導が目立ちます。シーズンが始まって徐々に体が動くようになってくると指導者が予想もしなかったいい動きを選手はするものです(実際はそういう予測もしっかりして指導をするべきだけど、これはまだパラグアイの指導者には高度な指導)。だからこそ、機械的にこれをやると一方的に決めるのではなく選手と会話をして選手のコンディションをしっかり把握することが指導者には求められます。

さっき少し書きましたが、ミスをしてはいけないという考えをもとにした指導ではどうしても本来やるべきことができずに記録を向上させるチャンスを逃してしまいます。なぜならミスをしてはいけないと思っている時点で練習の目的がミスをしないことになってしまうからです。目的は記録の更新であってミスをしないことではありません。また、選手が仮にうまく練習をこなせなかったとしてもそれで指導者はデータを手に入れることができます。結局、試してみないと今できることとできないことがわからない。そして何をすべきかが見えてこない。それがミスをしてはいけないという考え方の問題です。

そして指導者が恐れる練習計画のミスは選手とのコミュニケーション不足による選手の理解不足が挙げられると思います。対象者を正しく理解できていないければ適切な指導をするのは難しいですよね?例えば、医者は患者の状態をしっかり把握して治療方法を提示します。陸上の指導者も医者と同じで、まずは選手(対象者)と話をし、理解し、その理解をもとにメニュー(治療方法)を決めます。同じなんです、指導者も医者も。

 

 

信頼される医者ってどんな医者でしょうか?患者の話を真摯に聞いてくれる医者ではないですか?患者がそういう医者に治療してもらうことができたら患者も治療に前向きになることができます。でも患者が話をしてもカルテだけにしか目を通さずに薬だけ処方する医者はどうでしょう。ぼくだったら疑いますね。人の話聞かないで何が分かるんだって。

これを陸上に置き換えても同じことが言えると思います。選手としっかり話ができたら選手だって練習に積極的に取り組むことができるようになるし、話ができなければやらされる練習、そしてネガティブな練習態度になるでしょう。

 

 

話が苦手な指導者だったら選手を言葉で誘導してあげればいいのです。選手に語りかける適切な言葉が見つからなければそれでもいいんです。「どうだった?」でいいんです。そしたら選手は話しますから。話せるようになってくると選手の主体性は向上し、自分が今何をやっていて目標を達成させるためには何が必要かを勝手に探し始めます。

難しい言葉を使ってもっともらしいことを選手に言ったとしても、それを選手が理解しなければ所詮言っただけであって伝えたことにはなりません。だからこそ会話が大切なのです。言うだけは一方通行、会話は双方向です。

 

 

もし指導において完璧な練習プランを求めるなら、それは全く意味がないことです。なぜなら練習プランにフォーカスしてもそれは記録向上の本質を捉えていないからです。完璧なプランがほしければ本やインターネットを使えばいい。でも実際そういうことをやっても大した成長がないというのが問題なんですよね。

ということは練習プラン以上に大切な何かがあって、その別の手段が指導における重要な本質であるということができます。それがコミュニケーション、会話です。

 

 

指導者の思い通りにしようとすればするほど選手の首を絞めてしまうというのはなんとも皮肉な話です。指導者は自分が完璧ではないことを認めて、選手と話をする中で最適解を探す姿勢が必要だと思います。

 

2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。
趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。

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2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。 趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。