2019/9/21の記録
任地変更後はほぼ自分がこうなってほしいなと思うような形になった。そのための努力もした。でもぼくはほぼ直接的な働きかけはしていない。彼らが言う理想を叶えるための行動変容を起こさせるために、頭に、脳みそにアプローチした。洗脳っぽいけど、今までの成果は彼らが成し遂げたものと言っていい。
— 大村康太@プロコーチ (@KotaOhmura) September 20, 2019
会話、会話、会話で彼らが自分たちでアイデアを出せる、そんな環境になった。強豪国が10の知識や力があったら、3しかないパラグアイは協力して3+3+3=9みたいな戦い方が必要。
— 大村康太@プロコーチ (@KotaOhmura) September 20, 2019
選手同士も指導者同士も協力関係が増した。パラグアイに少しは貢献できたとぼくは自分の活動を評価してる。
JICA事務所での最終報告会が終わりました。
ぼくはツイッターを日記がわりにしてきたので、報告会の準備をしているときはツイッターを振り返っていました。
辛かった感情やうまくいったこと、考えたこと。いろいろ書いてありました。基本的に活動はうまくいったと思っていますが、やはり活動がうまく進むように相当考えました。失敗しないために考えたというよりは自分が喋る言葉がどのように影響をもたらすかを常に考えてきました。それはボランティアではあるけどぼくがやってきたのはコーチングで、コーチングは「人を導く仕事」だからです。
パラグアイのために何ができたか考えると
- 選手強化
- 技術指導
- カウンターパートの指導力向上
- 会話の促進
これらかなと思います。というか普通ですね(笑)
というのはぼくはあれこれ活動をしないで自分がもっとも貢献できることに活動を絞ったからです。要請内容に書いていないことまでいろいろやるというのもよかったのかもしれませんが、ぼくは前任地でいろいろやろうとした結果パンクしてしまった経験があります。キャパを超えた活動は頓挫するだけでなくて人にも迷惑をかけることを学びました。
中でも「会話」については相当考えて取り組んできました。
ぼくは話すのは得意ではありません。間違いなく下手です。それは日本語でもスペイン語でも同じ。下手くそ。
だから話してる途中でめっちゃ止まります(笑)言葉を吟味してしまうからです。
スペイン語でもそれをやってしまっていたのですが、今思えばそれが武器になったのかもしれません。
というのは言い方は悪いですがパラグアイの陸上競技をやっている人は簡単に物事の答えを見つけようとするし決めつけてしまう傾向があります。だから話に深みがない。深みがないというよりいろいろな意見を聞いたり話したりしないで結論を急いでしまうんですね。だからこそ、ぼくがゆっくり話して自分の欠点であった「話に間ができる」というのが「ぼくも選手もよく考える時間を持つ」というプラスにつながったのだと思います。
ぼく自身が本当に話すのが苦手なのですが、苦手が時に武器になるというのは面白い発見でした。だから別に話すのが下手でも苦手でもいいじゃんと思えるようになりました。
そして、報告会をしながら「青年海外協力隊に参加してよかった」と改めて思いました。
ボランティアだけどやっぱり自分自身が学ぶことが多かった。ぼくのためのボランティアではないけど結果としてぼくのためになった。そんなボランティア活動でした。
ぼくはパラグアイにもう一度戻ってきますが、正直これからどうなるかわかりません。ぼくの未来も不透明です。でもこの経験があるからこの先どうにでもなるのかなと思っています。国際協力の道を歩むのかそうでないのか、それもわかりませんが、陸上競技というぼくの好きなことを手段とした国際協力は十分に力を発揮できたのかなと思っています、自己評価ですが。だから、もし海外で働くとしたらこれを仕事にもできるのかななんて考えると、間接的には国際協力の道をかするように進むのかもしれません。
活動においては調整員の皆さんには本当にお世話になりました。本当にたくさん支えてもらいました。用があるときに事務所に行くとぼくの近況を聞いて話をしてくれました。それが活動のモチベーションにもなっていました。
聞いてもらうこと、そして言葉として話すことで自分が本当は何を思っているかの確認にもなっていたからです。それはツイッターで独り言をつぶやくのとはやっぱり違うなと感じました。話すことは大切。そして自分はJICAの協力隊の一部だからこそ、そういう関係者とも関係をもつことは大切だということを学びました。
こういうサポートしてもらった経験を今度はぼく自身ができるようになりたいですね。
最終報告会終了。
帰国までまもなく。

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