青年海外協力隊で学んだ「マイノリティは個性であり強みである」という生き方

2019/6/19の記録

 

 

ぼくは今活動している中で「自分のようなマイノリティでもそのままの自分でいい」ということをひしひしと感じています。

 

 

青年海外協力隊になる前、学生の頃からですが、ぼくは少数派の人間でした。

  • 基本的には自分で何事もやってしまう
  • 友達がいないとできないこともない
  • 必要なことをするためにわざわざ友達を待たない
  • 一人で行動することが苦痛ではない
  • ひとりでいることが多い
  • 発言も多少空気を読みながらも正論を言う

などなど、ぼくは群れずに自分にとって必要なことをやってきました。その中で多くの人がぼくのことを変わり者扱いし、ときには悪口も言われました。

みにくいアヒルの子のように集団の中で浮き立っているとそういう偏見対象にされてしまいます。別に誰に迷惑をかけているわけでもなくむしろ協力するときは協力しているのに影で悪口を言われる。

今では懐かしい思い出ですが、当時は本当に嫌でした。どうして自分と他人は違うのにこういう対応をされるのか、こういう自分ではダメなのか。かなり苦しみましたし、それが原因のひとつとなってうつ病にもなりました。もう二度とあの時代には戻りたくないですね。

 

 

でも、そんな経験が青年海外協力隊をやっていると生きているなって思うんです。

確かにぼくは日本ではマイノリティ側の人間だったかもしれません。でも、海外にいても結局はマイノリティの人間だったのです。

当然ですが海外にいれば日本人は圧倒的にマイノリティ側です。でもそのマイノリティの側面が海外では受け入れられるのです。

ぼくは今陸上競技の活動をしていますが、やはり圧倒的に仕事に対する考え方や価値観が現地の人と異なります。それは当然のことなのですが、ぼく自身も、そして現地の人もお互いに尊重し合っているので、マイノリティだとしても「人はそれぞれ違う」だけなんです。日本では「人と違うことはダメ」だったものがパラグアイでは「ただ違いがあるだけ」なのです。

こういう考えだと

  • お互いの違いを活かして協力できる
  • お互い違うからこそ、個々の能力を思う存分発揮できる
  • 別に人の目を気にする必要もない
  • 自分は自分でいいという自己肯定感を持つことができる

こうなります。

ぼくはパラグアイで自由になりました。

 

 

あの頃本気で悩んだマイノリティが、学生が終わっていざ海外で仕事をするとなった時に本当に自分の強みになっていると感じます。

人と違う、変わり者だと言われたとしても、それは個性の一つなので否定されるべきものではありません。

ほぼ新卒で青年海外協力隊に参加したことで「自分は自分でいい」という考え方が強くなったので、ぼく自身は今好きなことを好きなようにやれています。集団でいなければならない、目立ってはいけない、形式的に協力しなければいけないなど、「○○しなければいけない」という日本人特有の生き方から早々に離れることができたからこそ、ぼくは「○○してもいい」という生き方をすることができています。

当然「○○してもいい」というポジティブな考え方だから好きなことをすることができるし、得意分野で力を発揮できていると感じています。環境によっては出る杭は打たれず、出る杭も利用されるのです。

 

 

日本社会全体を否定しているわけではありません。ただ、ぼくが生きてきた環境が「マイノリティを排除する」ものであったし、ほかのマイノリティの人も潰れていったのを見てきました。ぼくのようにマイノリティで苦しんでいる人がいるのは事実だと思います。

でも、マイノリティは絶対に武器になると確信しています。

  • 自分で考えて一人で行動できる
  • 他人の意見や圧力に左右されない
  • 集団を優先するがあまりに本質を見失うということもなく、本質を考えることができる
  • 強い信念がある
  • 自分は自分、他人は他人であることを理解している

これらは本当に武器です。目立ってはいけないと思っている人や集団に慣れきっている人にはこういう能力はありません。いや、能力があったとしてもできません。

「自分を大切にする」とよく言われますが、これを本当にできている人ってどのくらいいるでしょうか?

ぼくはマイノリティ側の人間だしこれが変わることもないと思っていますが、自分の生き方を大切にできていると思うし、こんな自分でもいいんだと思えるようになりました。他人がこうだから自分はこうでなければいけないという生き方から、他人はあれで自分はこれでいいんだという生き方になったからこそ自分を大切にすることができています。

 

 

青年海外協力隊の活動は慣れない土地で外国人であるボランティアが現地に溶け込むことから始まります。

そこで大切なのはその文化を受け入れること。異文化だからといって否定しないということです。

そして異文化に浸らなければいけないのではなく、異文化の自分でもいいという生き方、関わり方を探すことも大切です。

その中でお互いの違いを受け入れて協力する。これが青年海外協力隊で大切なことだと思います。ただ現地人に好かれるように現地に馴染むだけだと足りないというか、それだとそのボランティア自身がそこにいる意味がないですからね。誰でもない自分がその場所のボランティアであるという意味、これを考え、見出した答えを大切にするべきです。

 

 

ぼくはパラグアイでマイノリティらしい生き方と活躍の仕方を学びました。

マイノリティはネガティブポイントではありません。個性です。

マイノリティであったために苦労した日本での人生から脱却でき、今はマイノリティであってもひとりの人間として自由に生きることができていると感じています。これを感じることができただけでも協力隊に参加してよかったと思います。

 

2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。
趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。

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2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。 趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。