幸せな時間と空間があるホームステイをやめる理由。

 

こんなあなたに読んでほしい

ホームステイに苦しむあなたが、少しでもホームステイで抱える問題を解決できますように。

そして、ホームステイをやめることに罪悪感を感じないで、それが新たな一歩だと思えるようになりますように。

ホームステイ先への感謝を、自分自身の行動・成長によって示せばいいのだと思います。

 

 

ホームステイをやめる

 

なんとなくだましだましやっていた。

ホームステイ先の人たちはみんな優しくて大らかで、陽気で。

そんな温かさに包まれることがきもちいい一方で、どこか窮屈さも感じていた。

鳥かごに閉じ込められたような鳥。そんな感じ。

なんでもお世話をしてくれる、気を使ってくれる、誘ってくれる、ご飯も一緒に食べたいと言ってくれる。

そんな「家族」として扱ってくれる優しさを、ぼくはどうしても受け入れることができなかった。

あれこれやってもらえる、それはきっと楽なんだ。でも、ぼくは楽すぎるとすごくつまらないと感じてしまう。

やってもらうということは、ぼくにとっての自由がなくなるということ。

きっとそういう扱いをされるのが、ぼくは苦手なのだと思う。

家族として迎えてもらって、本当の家族のように接してもらっていたのに。

でも、もう自分の気持ちに嘘をつきながら一緒に生活することはできない。

そして、残り17ヶ月あるのにぼくがそんな気持ちだったら、ホームステイ先にも申し訳ない。

誰も幸せにならない。

だから、ぼくはホームステイをやめる決意をした。

 

 

近すぎるとダメ。

たとえ家族であっても。

きっと、近すぎてダメというのは恋愛と同じ感覚だ。

ある程度の距離感があったほうがお互いが心地よい。近すぎると束縛されているかのように感じ、遠すぎると無関心だと思われる。

きっと、ホームステイで過ごす上でも人間関係の距離感が大切なのだ。

 

 

でも、ぼくは今まで6ヶ月生活してきた中で、当然のように家族からの愛を受け取ってきた。

それはホームステイ先の家族が紛れもなくぼくを家族のように扱ってくれていたから。ぼくに与えてくれていたから。

パラグアイで見つけた家族のかたちはとても温かくて、日本人から見たら「なんでこんなにのんびりしてだらしないの?」と思うような生活の中にこそ、その家族の幸せを感じることができた。

でも、パラグアイの幸せのカタチにふれることができたけど、ぼくにとっての幸せはちょっと違うんだって気づいて。

 

 

パラグアイ人に感じる幸せのカタチって、人付き合いが苦手なぼくの一種のうらやましさなのだと思う。

なんでもオープンにして、大声で笑って、音楽を爆音で流して踊り明かす夜。ぼくはそういうことがどうしてもできない。

プライドとかそういうことではなく、何が楽しいのかどうしても理解できない。一緒にそういう時間を共有したけど、どうしても共感できなかった。

 

 

思えば、ぼくの人生はいつもそうだった。

大学の部活も自分にとっての「ちゃんとやる」、つまり「ぼくのペース」に合わないことがとにかく楽しくなくて。

派遣前訓練でも、ありとあらゆることを集団として強いられたことがこの上なく苦痛で。

飲み会の楽しさも理解できなくて。

友達と毎日くっついて遊んでいる人を見ては不思議に思って。

とにかく、”普通”と言われている人たちからしたら、ぼくはただの変人で、変わり者と言われ続けてきた人生に疲れてしまった時もあった。

どうして自分は人と違うのだろう、って。

 

岸にとどまることができないような水のように、ぼくは”普通”に入ろうとしてもそこに留まることができなかった。

 

でも、大学を卒業して、新しい世界に触れたら、自分は自分でいいんだということを初めて受け入れることができた。

我慢しなくていいんだって。

これがぼくだから仕方ないんだって。

大多数の人とは違うのかもしれないけど、だからこそ、ぼくはぼくでいいんだ。そう思うことが大人になってようやくできた。

 

 

今回のホームステイの件も、ぼくは「ホームステイ先に感謝しなければならない」という思い込みがあったのだと思う。

もちろん、感謝はしている。

でも、感謝の示し方が違ったように思う。

まるで我慢してそこに居座ることが感謝の意を示すかのように、ぼくはそういう態度をとっていたのだ。

感謝の示し方って時間の長さでも空間の共有具合でもない。

ぼくがそこに満ち足りて、どこか物足りない、不満に感じることが出てきたら、きっとぼくは次へのステップを踏んだほうがいい。そういう合図なのだ。

そうやって、新たなステップを踏み出して成長していく姿を示すのも、ぼくは今までお世話になったホームステイ先への恩返しだと思った。

 

 

ぼくは今、「瓶の中のノミ」だ。

ゆったりとした生活は心地よい。きっとぼくが思っているより陸上競技なんて任地には必要ないから、多くの子どもたちは熱心にやらないのだと思う。

だからぼくは別にもっとのんびりやっていいのだと思う。

でも、ぼくはゆったりとした心地よさの中で、ぼくが大切にしている、ぼくができることの何かを失う気がしている。

同化してしまうことが怖いのだ。

ゆったりした空間の中で、ぼくはいつか瓶の中のノミのように跳べるはずなのに跳べなくなってしまうんじゃないかって。

ぼくは、もっと動きたい。それがぼくの偽りのない正直な気持ちだ。

 

 

発展途上国で流れるゆっくりした空間に感じる幸せは、ぼくにはまだ違和感だ。

体験している時間が足りていないだけかもしれない。

でも、ぼくはもっとステージアップしたい。

ホームステイ先にはたくさんお世話になったから、それを今度は結果として恩送りしたい。

そして、ホームステイの家族だけでなく、受けた恩を今度は必要としている選手に送りたい。

 

 

ぼくは、前向きにホームステイをやめる。

ぼく自身の幸せを大切にできるように。

ぼくが持っているものを最大限に生かせるように。

ぼくを必要としている人たちに与えられるように。

 

2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。
趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。

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ABOUTこの記事をかいた人

2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。 趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。