わかり合えないを受け入れること

プロ奢ラレヤーさんのこのツイート。

青年海外協力隊にとって大切な考え方だと思います。

とくに「わかり合おう!」と意気揚々と現地の人にアプローチしようとする人だったり、派遣されて間もない人だったり。

自分が期待して寄り添おうとしているのに、相手は自分の期待に応えてくれない。

そんな時に「なんでわたしはこんなに現地の人のことを想っているのに、あのひとたちは何も応えてくれないんだ!」っていう文句になってしまう可能性があるんじゃないかな~って。

 

 

ぼくたちはわかり合えるのか?

正解はわからないけど、ぼくは

わかり合えることもあるかもしれないけど、基本的には分かり合えない

そう思っています。

 

 

だって同じ文化で生きてきたわけではないし、個人と相対するときであってもやっぱりその人はその国の文化が染み付いているわけで。

どんなに人格が優れている相手であっても、例えば室内で靴を脱ぐか脱がないかということになったら、きっと相手は自分の文化を優先して靴を脱ぎません。

そんな時に、自分の方が正しいとか、あの人は間違ってるとか、なんで靴脱いでくれないのさって怒ったところで何にもなりません。

それが文化の違いだからこそ、相手に改善してもらおうとかわかってもらおうというのにはちょっとした無理があると思います。

わかり合えないことって確かにあるんですよ。

そこに気づけるかどうか、かなと。

 

 

わかり合えないことに気づいたときに、次にぼくたちが取るべき姿勢は、

わかり合えないことを受け入れる

ことだと思います。

「みんな違ってみんないい」って言葉があるけど(厳密に言えば悪いこともあるだろうけど。)、きっと文句ばかりになってる人は、「わたしはあってるけどあなたは違う」になっているんじゃないかなと。

相手に期待すれば期待するほど。

相手の行動ひとつひとつが気になってしまえばしまうほど。

 

 

あなたはあなただしわたしはわたし。

AくんはAくんだし、BさんはAくんではない。

いろいろな人がいる中で自分は自分でしかなくて相手はその人でしかないからこそ、受け入れるしかない。

相手を変えることはできないからこそ、自分の考え方を変えないといけない。

変えないといけないというか、自分次第。

そう思います。

そんな視点で相手の人と接することができたら、攻撃的にならずにもっと楽しく生活することができるんじゃないかなと思います。

 

 

そんな風に海外で生活していきたいですね。

パラグアイに来た時は「なんでこんな考え方なのかね?」とか「ホントダメだな~」なんて思ってたな。

任期が残り1年を切った今、

違和感を否定するのではなく「受け入れる」

そうやって人と接していこうと思います。

といいますか、この「わかり合えないを受け入れる」という姿勢は協力隊に必要なんじゃないかなと思います。

 

2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。
趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。

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2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。 趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。