何度となく裏切られ、待ちに待った試合。
普段は学校だ仕事だと言い、なかなか練習に来ることができない子どもたち。
それでも試合が近づくにつれて、練習に来る子はできるだけ来るようになってきていた。
ぼくが任地に赴任したときは、「あれやりたくない」「きつい」なんて言いまくるものだから、この子たちは結局何がしたいのだろうと思った日々。
それがだんだんと「何やるの?」「どうやるの?」「もう一本走る!」と言うことが増えて、選手のモチベーションが上がっているのを感じていた。
そんな中で行われた初めての試合だった。
任地で練習を見始めてから6ヶ月が経過して、正直この子たちが強くなるのは難しいなって思っている。
もちろん強くしたい。
だって、そっちのほうが競技やってて楽しいから。勝てるようになってくると違う地域にも仲間ができて、陸上の別の楽しさを感じることができるから。
でも、難しいなって。そう思う。
ぼくがどんなに願っても、働きかけても、ここの文化を前にしたらそんなのはあんまり意味がないことだってようやくわかってきた。
だから、限られた練習の機会の中で強くなるよりも陸上を楽しんでほしい。そっちのほうが多くの子どもたちにとって楽しい陸上競技なのだと。
そういうことで、今までは競技志向の強かったぼくの指導だったけど、ほとんどの子どもたちに対しては「楽しい陸上競技」に変えた。
***
迎えた試合当日。朝6時半。
出発時間なのにシャワーの音が聞こえる。
パパだ。
結局こうやっていつも予定どおりに進まないことも、最近ようやく慣れてきた。清々しいくらいに慣れた。
子どもたちには6時半に集合と言っているのに、シャワーを浴び、ご飯を食べ、いつもどおり準備をして突然「行くぞ!」と言われてぼくはようやく出発することができる。

時間が遅れていても写真だけは譲れないパラグアイ人。
7時。子どもたちが待つジムに到着する。
遅れているからすぐに出発すると思っていたけど、やっぱりパラグアイ人。謎の記念撮影がはじまる。
でも、だれも急いでいる様子はないから、きっとこれでも大丈夫なのだ。
結局心配しているのはぼくだけという状態。
もういいのだ。別に楽しければそれでいい。
遅れている状況であっても「まぁなんとかなる」くらいにしか思っていない彼らだけど、試合の準備とか本当に大丈夫なのだろうかと、ぼくはまた心配になる。
それでも動かすことができない状況の中で、ぼくはただ彼らの時間軸に乗っかり、ただひたすら待つしかない。
全員がバスに乗り込んで、水や食料も積んで、いよいよ今シーズン初めての試合に向かって出発した。
バスの中で行われる決起集会的なやつ。
やらないよりやったほうがきっといい。でもパラグアイ人同士でそんなことをやっても本当に意味があるのかは不明だった。
だって、すぐ忘れるから(笑)

全然人がいない大会。ほぼ身内試合だ。

試合会場。
土ではない。まさかの砂利だ。

本気の砂利。
試合会場に到着すると、まずは応援席に陣をとり、競技時間まで待機。
でも一向にほかの地域の選手たちが来ない。
待っても待っても来なくて。
結局ぼくたちのクラブ20人くらいと、その他30人くらい、合わせて50人くらい。開会式もなく、気づいたら勝手に小さな陸上競技大会が始まった。
***
ぼくのクラブチームの最初に出る選手は男の子で80m。
彼が80mに出ると言っていたからそう思っていた。
でも始まってみたらよくわからないけど800mに出場していた。
頭が「?」になった(笑)
パラグアイにいて半年以上が経つから、もう80と800の違いくらいわかっている。でも彼は実際目の前で走っている。
その彼が走っていることになんの違和感も感じていないクラブチームの応援団。
日本とは違いすぎてよくわからない雰囲気に戸惑いながらも、走っているのだから応援するしかない。
そうしたら650m地点くらいで止まった。疲れたらしい。
だって800mの練習してないじゃん。そう思った。
そうして歩きながらゴール。もはや散歩。
クラブチームのトップバッターがそんな感じだったから、ただただ唖然とし、そして後続の選手がかなり気になってしまった。
予感は当たる。
女子800m。また登録していなはずの選手が走り始めた。
試合の前に80mに出るって言ったじゃん。と思いながらもただ見守るしかない。
そしてまた止まる。
途上国の陸上競技ってどんな感じなのかな、って思っている人もいるかもしれないけど、こういうことだ(笑)
よくわからない、ぼくも。
事前に申し込んだ種目とは違う種目にも出れてしまうし、かと思ったら完走もできないし。
でも出場人数が超少なかったから、出れば優勝、あるいは3位までメダルをもらって大喜び。
意味不明。
だけど、子どもたちがそれで喜んでいるならそれでいいのかもしれない。
パラグアイの陸上競技はきっとこういうものだし、それをわざわざ盛大に変える必要もないのかな、と最近思い始めている。
***

右の彼女はぼくが期待している選手。別に速くないけど練習に来るから。ちなみに、なぜか試合には私服で登場。
試合は続いて、ぼくが期待している選手の出番。
期待しているといっても別に速くないし、才能もあるわけではない。いわゆる普通だ。
でもぼくが任地に来て教え始めた時と比べて大きく意識が変わった女の子だ。
14歳。まだ本気とかそういうのがわからない年頃だと思う。
でも、最近練習に来ては自分から練習するようになったし、「走りたくない」と言わなくなった。ほかの選手と練習していても「話がうるさくて集中できない」というくらい、何かが変わった選手だ。
教え始めて6ヶ月。少しずつ少しずつ変わって、ようやく人生で初めての試合を彼女は経験することになる。
それが、ぼくがこの試合で一番楽しみにしていたことだった。
どうなるのかな、怪我しないかな、勝てればいいな、って。
出場人数が少なすぎるあまりにタイムテーブルもあってないような状態になり、勝手にタイムテーブルも変えられ、十分にウォーミングアップができなかった。
80mのスタート地点で待機する彼女。
早めに招集をかけたくせに一向に始まらない。
その間もなんとなく動くこともなく、棒立ちの彼女。
初めてだからどうしていいかわからないのはしょうがない。でも、きっと緊張している。
即興でレーンが各自に割り当てられ、そして1組目がスタートした。彼女は2組目だ。
1組目には彼女の友だちが走った。
13秒45
これが早いのか遅いのかはわからないけど、これがトップの記録だから、優勝のためにはこれを抜かなければならない。
そして、彼女の出番がやってきた。
慣れない大きなスタートブロックのセットに苦戦しながらも、なんとなく陸上競技選手っぽく準備できた。
練習の時にぼくが教えたのは、
- スタートの音に集中すること
- スタートの一歩目はできるだけ近くに接地、かつ速く
たったこれだけだ。その他のことを教えても彼女のレベルではまだできないから。
いつも練習していることができるか。それができたらきっと速く走れる。
全ては彼女次第。
スタートが上手く決まった。
ちゃんと教えた前傾もできている。動きも大きい。
練習でできている動きがそのまま試合でできて、気づいたら独走。
最後のゴールラインまでしっかり力を抜かずに走り抜け、
12秒35
彼女は優勝した。
これはパラグアイの春に行われる全国大会に出場できるくらいのタイムだった。
気持ちそのままに、超嬉しかった。

全国大会に出れるくらいの好タイムで優勝。だけどレベルは低い。まだまだこれから。ちなみに暑いからロングタイツみたいなやつやめてほしい(笑)
特別速いわけじゃないけど、彼女自身が一番嬉しいはず。だって、練習したから。
初めての試合で、ほぼ身内試合。
だから、本当に速い選手はいなかったかもしれないけど、これが彼女の陸上競技に対するやる気アップにつながってくれたら本当に嬉しい。
そして、全国大会でもがんばってほしい。
全国大会は9月末くらいに行われる。
あと5ヶ月。これくらいの期間があれば3番以内だったらぼくがサポートできる範囲内。
出場選手のレベルによるから。
でも残り5ヶ月でさらにパワーアップして、もっと陸上を好きになってほしい。楽しんでほしい。

しっかり技術練習ができるようになっていいフォームで走れるようになった。いい成果だ。
ほかの子どもと違って午前中しか練習できない中で、来れる時はいつも練習に来てくれた彼女。
練習パートナーもいない中でよく頑張ったと思う。
本当は競争相手がいたほうが楽しいと思うけど、そんな状況でもいつも練習に来てくれた彼女に本当に大きな成長を感じた。
これからも一緒に頑張ろう。
(後編)に続く。。。

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