発展途上国で「時間を守る」を指導する必要性はあるのか?

2019/1/30の記録

日本だと「時間を守る」が当たり前だけど、いざ途上国(パラグアイは中進国)に来ると全く時間を守りません。

だから最初は多くのボランティア(特にスポーツ系)が時間を守るように指導します。

でもよく考えてみたら、時間を守るメリットってそんなに大きいものなのか?という疑問に直面したので、ぼくは時間に関しては口酸っぱく言うことは一切ないんですよね。

競技的にも時間を守るのは競技力向上のための直接的な要因ではありません。競技力向上は練習の仕方によります。

時間を守るというのは、例えば試合で何時から選手の種目が始まるからその時間から逆算して自分に必要なウォーミングアップの時間を確保して十分に準備する、という点では間接的には効果があります。

でも時間を守ること自体に身体能力の向上=成績の向上はありません。

また、大きな大会、例えばオリンピックや世界選手権で活躍する選手が多くいる国であっても時間を正確に守っているとは思えません。

それは国の文化的な側面があります。

例えばパラグアイの選手も指導者も基本的には時間に遅れて練習場所にやってきます。それはもともとの国の文化でもあり、例えば遠くから競技場にやって来る選手はバスを利用しなければならないという要因も考えられます。

パラグアイの交通状況はあまりよくなく(バスがまちまち、道路不整備…)、時間通りに物事を進められない、そういう社会が回っています。

外国人であるボランティアが考えるべきは、時間を守らせる努力をするよりもまずはなぜ時間を守らないのか、そしてそもそも時間を守る必要性があるのかということかなと。

また、時間を守るということ自体が本当に賞賛されるべき文化なのかも考えなれければいけないのかなと。

そう思うのです。

なぜなら、賞賛される時間を守るという文化の裏にも必ず負の側面があるからです。

例えば日本では時間を守る、特に何かの開始時間を守ることを徹底しますが、終了時間にはルーズだったりします。

開始時間を守るけど終了時間は守らずにいつまでもダラダラ続ける、こんな見方もできてしまいますよね。

時間通りに始めて必要なことが終わったらさっさと終わるというのであれば効率がいいですが、開始時間前に集合をして終わる時間はオーバーするのであれば内容によっては非効率で「やったふり(いる時間が長い方がやった感がある)」にもなりかねません。

「時間を守る」を大切にしている日本文化の裏には同時に「時間を守らない」もあって、その文化の中でこれまでやってきた日本人ボランティアだからこそ、「時間を守る」を指導するなら気をつけたいところです。

時間を守ることがすごいと言われる日本の文化だけど、かと言ってすごいと言われている日本の文化だから途上国の人にもやってもらうというのは少し違う気がします。

2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。
趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。

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2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。 趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。