最近、大人の選手には「もし練習量が多いと思ったら自分で減らしたり変えたりしていいよ」と伝えてます。
怪我のリスクを減らすこともあるけど、
・量や質のバランスとその意味を自分で考える
という主体性を養う意味での言葉がけです。自分で分析して決定できる選手は絶対に強くなります。
— 大村康太@パラグアイ🇵🇾 (@KotaOhmura) 2018年12月8日
もし練習量が多いと思ったら自分で減らしたり変えたりしていいよ
この言葉がけには、
主体性を育てる
意味が込められています。
強制的にではなく自主的に。
カウンターパートから出されるメニューがなぜそういうものなのか、その意味を理解できなければ自分なりに調整して納得する練習をすることの方が大切だと個人的には思います。
やらされる練習では培うことができない「本当の自信」を手に入れるためには、自分自身が自分のやっていることを理解して納得する必要があります。
この「納得感」というのが本当に大切。
いくら指導者がメニューを出してくれてそれを一生懸命やって、でも試合では思うような結果が出なかったとき、指導者は責任を取ることができません。
「指導者のせいだ」と言っても、そう言葉で、音で表現できるかもしれませんが、だからといって「結果が出なかった」という事実は変わりません。
だからこそ、自分自身で納得する、自分自身の競技人生に責任を持つ。
それが大切だと思っています。
残念ながら、「パラグアイの選手は完全に指導者任せだな」と活動をしていて感じます。
それで強くなれればいいですが、パラグアイ陸上の現実は違います。
結果が変わらなければどうするか。
選手が指導者を変えようとするのもひとつの手かもしれません。
でも、一番変わらないといけないのは競技をしている選手自身です。
それが手っ取り早いし、そもそも相手を変えようとしても変えることなんてできないので。
相手を変えるのではなく自分が変わる。
これは競技だけに言えることではなくて、一般論。
結局のところ、競技は人生に通ずるし、人生は競技に通ずる。
そういう関係性なのだと思います。

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