選手の自主性を育む

 

もし練習量が多いと思ったら自分で減らしたり変えたりしていいよ

 

この言葉がけには、

主体性を育てる

意味が込められています。

 

 

強制的にではなく自主的に。

カウンターパートから出されるメニューがなぜそういうものなのか、その意味を理解できなければ自分なりに調整して納得する練習をすることの方が大切だと個人的には思います。

やらされる練習では培うことができない「本当の自信」を手に入れるためには、自分自身が自分のやっていることを理解して納得する必要があります。

この「納得感」というのが本当に大切。

いくら指導者がメニューを出してくれてそれを一生懸命やって、でも試合では思うような結果が出なかったとき、指導者は責任を取ることができません。

「指導者のせいだ」と言っても、そう言葉で、音で表現できるかもしれませんが、だからといって「結果が出なかった」という事実は変わりません。

だからこそ、自分自身で納得する、自分自身の競技人生に責任を持つ。

それが大切だと思っています。

 

 

残念ながら、「パラグアイの選手は完全に指導者任せだな」と活動をしていて感じます。

それで強くなれればいいですが、パラグアイ陸上の現実は違います。

結果が変わらなければどうするか。

選手が指導者を変えようとするのもひとつの手かもしれません。

でも、一番変わらないといけないのは競技をしている選手自身です。

それが手っ取り早いし、そもそも相手を変えようとしても変えることなんてできないので。

 

 

相手を変えるのではなく自分が変わる。

 

 

これは競技だけに言えることではなくて、一般論。

結局のところ、競技は人生に通ずるし、人生は競技に通ずる。

そういう関係性なのだと思います。

 

2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。
趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。

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2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。 趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。