ボランティアとしてわたしは何もできなかった

2019/2/5の記録

 

JICAの調整員さんと話をしていたことですが…

最終報告会で「わたしは何もできませんでした。無力でした」という発表はなんか悲しいです。ぼくはそういう最終報告会にはしたくありません。

 

 

2年間という過程で無力であることを認識してそこから“自分が”できることを探してやっていくのに、最終報告が「何もできなかった」だと何やってきたの?と思ってしまいます。ちょっと厳しい考え方かもしれませんが…

この「わたしは何もできなかった」というフレーズは結構な頻度で聞いてきましたね…

 

 

そういうフレーズが国際協力、または青年海外協力隊あるあるっぽいからとか、謙遜してそう言うのかもしれませんが、そもそも謙遜のしすぎも相手に失礼ではないでしょうか。

青年海外協力隊の多くは特別なスキルを持たずして現地の人たちと2年間だけ関わる国際協力の初心者です。そんな外国人に現地の人たちが期待している、そういう状況があるわけです。国際協力の初心者であっても協力隊が活動する対象には現地人の生活があります。人生があります。

だからこそ「何もできなかった」という報告は失礼だと思うのです。

 

 

もちろん2年間という短い期間で大きな成果を出すことは難しいです。言語もままならず、文化も知らず、一から関係を築いていく必要がある中で成果を求めるのは厳しいですよ。

でも現地人に貢献できた小さなことってあるじゃないですか。

 

 

そもそも成果ってなんですか?

他人から見て「すごい!」と言われる成果だけがすばらしいわけではありませんよね。小さなことであっても現地の人が「よかった」と思ってくれる活動であれば、それは立派な成果だと思います。

もし最終報告で現地の人に対して「2年間一緒にいさせてもらったけどお世話になりっぱなしで結局何もできなかった」と聞いたら相手はどう思うでしょうか?ネガティブな締めくくり、そして自分の活動に対してもネガティブに価値を低く見積もられたら、ぼくが現地人だったら悲しいですね。

 

 

伝え方って大切です。

ポジティブで終わるかネガティブで終わるか。ぼくはパラグアイに来てからポジティブになりました。

もちろん最初は「なんとかなる」とか言ってすごく適当なパラグアイ人に対して腹も立ちましたが、なんとかなるという前向きな言葉でなんとかなってきた部分もあるし、活動が前進したことだってあります。小さなことでも褒めたら「よし、頑張るぞ!」という雰囲気にもなりました。

ポジティブは人を動かします。

ネガティブに、あるいは謙遜して自分や自分がやってきたことを低く見積もるというのは個人的にはどうなのかなと思います。

 

 

たとえ小さな成果でも自分の中でその価値を低く見積もるのではなく「わたしにはこれができた!」と胸を張れ!と思います。

青年海外協力隊に参加するのには「発展途上国の人たちへの貢献」が前提としてあるわけで、自分の無能さを証明するためにボランティアをしているわけではないことを忘れてはいけないのかなと。もっとボランティアは自分がやっていることややってきたことに対して自信を持ってもいいのかなと思います。

 

 

ボランティア活動の2年間は尊いです。

現地人にとっても自分にとっても。

無能感だけを感じる2年間である必要はありますか?

 

2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。
趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。

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2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。 趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。