目の前で困っているおじいさんを、青年海外協力隊で支給されるお金を使って救うのは間違っているのか?

任地から首都に上がってきてこんな場面に遭遇しました。

 

 

国道を歩いていたら一人バスを待つおじいさんがぼくに話しかけてきました。

 

「バスに乗るお金が少し足りないからお金をくれないか?」

 

そのおじいさんはバスに乗るのに40円お金が足りなかったのです。

実際、おじいさんはぼくに持ち金を見せてきました。確かに40円足りないのです。

 

おじいさんの周りには誰もいません。頼れるパラグアイ人もいない状況。

おじいさんはたった40円あれば目的地に行くことができます。

ぼくはたった40円で目の前で困っているおじいさんを救うことができます。

こんな状況のとき、

 

 

あなたは目の前で困っているおじいさんを助けることができますか?

 

 

https://twitter.com/KotaOhmura/status/967917435956408320

 

仮にもし青年海外協力隊でなければ、お金を渡すことで助ける人もいるのではないでしょうか?

もちろんそのおじいさんの様子を見てお金を与えていいか判断する必要があります。

ただ、なにが問題なのかというと、青年海外協力隊が受け取っている現地生活費というのは、

「税金」

だということです。

 

 

この税金という枠に縛られてしまうと、多くの人が現地人が困っている時にお金を差し出してあげられないのではないかと思います。

そして、国際協力の中で税金でまかなわれたお金を現地人に無償で与える行為は「ばらまき行為」と言われてもおかしくありません。

 

 

無償で与えるお金は時に「不公平」を引き起こします。

あの人には上げたのにどうして俺にはくれないんだ!!??

って。

 

 

助け合い、自分のものをシェアして助け合う文化のパラグアイではそういうことは多くはないと思いますが、違う文化圏では十分にありえる。

そして、自分の目の前にいる人間をその瞬間に救うことはできるけど、それ自体が国際協力かというとそうではなくて。

そしてなにより、お金を渡して目の前の人を救ったとしても、それは自助努力の促進でも、国際貢献でも、長期的発展いずれにも関係ない。

 

 

目の前に困っている人がいる状況でサッと手を差し伸べられる、そんな助け合える精神で生活したいなと強く思っています。

だけど実際は、「協力隊がもらっているお金は税金」という事実が国際協力以前の、人としての助け合いの精神を抑制している感じがするのです。

 

 

日本ではまずこのような状況はないと思いますが、もし日本で同じ状況があったらぼくは躊躇なく手を差し伸べると思います。

もちろんぼく自身がお金をたくさん持っているわけではないので限度はありますが。

別に見返りなんて求めるつもりはないし。

ちょっとの親切でその人が助かればそれでいいじゃん。

そう思うのです。

 

 

ただ、それが青年海外協力隊という肩書きを持つとそうはいきません。

ちょっとの親切、例えばたった数十円でその人が助かるとしても、「協力隊のお金はそういうことに使うためのお金ではない」という意見があるなら簡単に手助けすることができない。

たった数十円、ちょっとの親切だけで目の前の人を助けられるのに。

「助け合う」という人として大切なことが簡単にできない。

それが協力隊の大きな悩みだと思います。

 

 

困っている人が目の前にいるとき、ぼくは助けられる範囲内であれば何も考えることなく助けたいのです。

大切なことだから。

だけどそんな状況に遭遇した時にいちいち「どうしようか」と考えること、それ自体になんか胸がモヤモヤします。

実際、ぼくも今日会ったおじいさんから「お金くれ」と言われた時に少し躊躇してしまいました。

なんか嫌じゃないですか?

 

 

青年海外協力隊として派遣されてからわからないことがたくさんある中で、多くのパラグアイ人はたくさんの愛を与えてくれます。

困っているときは「どうした?」といって手を差し伸べてくれます。

見ず知らずの外国人に。

何を考えているのかも分からない外国人に対して。

 

 

日本人の多くは外国人に対してある種の偏見を持っています。

例えば南米だと治安が悪い。だから危険が多い。人に警戒する必要がある。みたいに。

そんな国や地域に対する偏見を、いつの間にか目の前にいる個人にも当てはめてしまっている。

目の前にいる人は国の代表ではなくてあくまでも「個人」。

だから本当は怖くもなんともない普通の人だから過度な警戒をする必要もないし、国や文化は違ってももっと気軽に助け合える、そんな社会であるべきだと思うのです。

 

 

国際協力をしに来たぼくたちですが、青年海外協力隊という身分を背負うことによって目の前で困っている人にさえサッと手を差し伸べることが難しいです。

国際協力は個人に対するアプローチから生まれる、人間関係が大切で温かいものだと思います。

 

 

ボランティアという目的がある青年海外協力隊は、かえってその概念が邪魔をして多くの個人を手助けできないのではないのかな、と今日の出来事を体験して思いました。

 

 

青年海外協力隊ボランティアの先輩であるタケダノリヒロさん(@NoReHero )も、ルワンダで似たような状況を経験して、いろいろな思いや葛藤をお持ちになったそうです。

ちなみにこのとき、タケダさんはお金を渡すことができなかったそうです。

 

 

あなたがボランティアという立場であったとき、

目の前で困っている人に対してたった数十円を渡すことができますか?

 

2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。
趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。

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ABOUTこの記事をかいた人

2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。 趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。