知られざるパラグアイの大晦日の実態!!ホームステイだけでしか体験できないリアルな情報を紹介します。

2017年。

青年海外協力隊として派遣されたパラグアイという地で年越しを迎えました。

人生初の海外での年越し。そして真夏の年越し。日本から12時間遅れているパラグアイからTwitterを見て、時間が先行する日本の年越しを海外から眺めるという不思議な体験でした。

 

 

パラグアイの青年海外協力隊の隊員は基本的にホームステイなので、一緒に住んでいるとあらゆる行事を一緒に過ごすことになります。

まだ任地に来て2ヶ月しか経っていないので、経験していない行事はたくさんあります。

いま経験したのはクリスマスと年末年始。クリスマスは訳あってアスンシオンの家族と一緒に過ごしたので、日本でも大切にされる大きな行事をホームステイ先で迎えるのは実質初めてでした。

 

 

日本の裏パラグアイでの初めての真夏の年末年始。

日本との違いが大きい海外の大晦日の実態を紹介します。

 

1.テレビもない。遊ぶところもない。何もなくていつもと変わらない午前中。

ぼくのホームステイ先の部屋にはテレビがありません。テレビがあるのは子どもの部屋だけ。家族はWi-Fiが整っているのでいつもYouTubeを見ているか話をしているかのどっちか。

だから特別予定が何も予定がなくてもテレビで時間をつぶせる日本とは違って、パラグアイでの大晦日の午前中は本当に何もやることがありません。

ぼくがやったことといえば読書とママから頼まれた買い物を子どもと一緒に行くことくらい。

午前中は本当に年越し感ゼロです。

 

大晦日なのにめっちゃクリスマスな件。だってクリスマスの道具、市をあげて片付けてないから。

 

肉を買いに来たのですが、突如現れた親戚とともにどこかへ出かけてしまったにーにょ。そして取り残されるぼく。

仕方がないので、大晦日の午前中のパラグアイの様子を見ようと少し散歩してみました。生肉を持って。

するとやっぱり大晦日用のご飯の材料を買うためなのか、たくさんの人がスーパーに来ていました。任地に来てから一番多かった気がします。

ぼくはお腹が空いていたので、クリスマスに売れ残った「パンドゥルセ(ドライフルーツスポンジケーキ)」を購入して家に帰り、一人黙々と食べてました。

 

パラグアイは真夏。綺麗な花が咲く年末も初めての経験。

 

12月のパラグアイは夏で非常に暑い。だから基本的に日中無意味に出歩きたくないんですよね。

ちょっと体力を消耗して帰ってきて、パンドゥルセを食べて昼ご飯まで昼寝。。。

 

2.昼ごはんはノーマル。そしてそのあとも変わらない安定感のある日常。

買った肉は新年を祝うためのものかと思っていたのですがそうではなく、普通に昼ご飯に使われました。

どうやら昼ごはんの時点ではまだパラグアイでは新年のお祝いはしないようです。

普通にご飯を食べて、また何もない午後へ。

暑いからまた昼寝をし、そして本を読む。家族も別に何をするわけでもなく、本当に日本とは違う過ごし方だなと思いました。

 

3.夕方。なんの前触れもなく「今から実家に行くぞ!すぐに!」と伝えられる。

何もない日常のような大晦日は刻一刻と過ぎていきました。ママからは大晦日はアサード(焼肉)をすると言われていたので、家でアサードをするものだと思ってまったりしていました。

気温が37度?まで上昇した空気と陽の光が自分の部屋に入り込んでくるものだから部屋の中は地獄のように暑い。だから部屋ではなく外で椅子に座りながら本(Kindle)を読んでいたんです。

ちなみに読んでいたのは「君たちはどう生きるか」。新しい年を迎えるにあたって、そして協力隊の活動を進めるためのヒントになると思って読んでいました。

パラグアイで本を読む時間が静かに流れていく。すごく贅沢な時間。

そこに入り込んできた「今から実家でアサードするぞ!すぐに!」という言葉。最初に伝えてよ、と思ってしまいました。

ホームステイ先では突然何かを伝えられるというのが多いです。それがちょっと疲れたりします。

 

 

すぐにと言われたので準備をしようとしたら、パパは車を洗い出し、にーにょはプールで遊び出しました。

パラグアイのすぐはすぐの時もありますがそうじゃない時が大半。周りの行動を見て判断しなければなりません。

こんな感じ行く気がないと判断したので、ぼくは部屋に戻り本を読んでいました。

 

 

1時間半後。突如「行くぞ!早く!」と言われます。

この突然具合に未だにイライラしてしまう心の狭さがありますが、これも早く慣れないといけないなと思っています。慣れないでいて大変なのは自分だから。

こうして「すぐに=1時間半」を乗り越えて移動。その後忘れ物等もあり家に戻るというハプニングがありましたが、なんかもう何も考えないようにしました。

 

4.18時。新年に向けて調理開始。

いよいよ動き出した新年に向けての大晦日っぽい活動。

親戚総勢15人くらいでしょうか?大勢で迎える大晦日は初めての体験。

日本で今まで経験してきたのは紅白歌合戦やその他の番組を見ながら家族だけで家の中でまったりしながら迎える年越し。パラグアイでは終始爆音のラジオと子どもたちが遊ぶ危険極まりない爆竹を聞きながら年越しまでのカウントダウンです。

ラジオといっても音楽なので同じような陽気な音楽が鳴り響きます。あとは何をするわけでもなく料理を作る人は料理をつくり、椅子に座ってビールを飲む人、話もするけどただずっと座ってる時間など、本当に多人種共存みたいな生活なんですよね。

 

爆竹で遊ぶにーにょ。爆竹で遊んでいる時だけは近づいてきてほしくない。怖い。

調理を始める前に庭の掃除。そこから!?とツッコミたくなる。

これが噂のマンディオカ。見た目は長芋に似ていますが食べると甘みがあって、個人的にはパラグアイご飯で一番好きです。

これね。肉って。
いやおれら動物じゃないじゃんっていうくらいの量を焼く。

 

マンディオカ(芋)は鍋で3時間近く煮て、超巨大肉は5時間近く焼き続けました。

親戚に聞いてわかったのですが、大晦日はほとんどの家庭でアサードをするようです。基本的にアサードはお祝いや祭りには欠かせない存在のようですが、何もなくても1週間に1回くらいは食べるので少しずつ飽きてきている現状。。

5時間とか焼くものだから、にーにょは年越しを前に寝てしまいました。

 

睡眠年越しを達成したにーにょ。家に担がれて帰るまで全く起きず。

 

肉が焼き上がらず、刻一刻と新年への時間が迫ってきます。

ぼくがイメージしていたのは日が変わる瞬間には準備ができていて、あけましておめでとうのあいさつの後にみんなで乾杯か何かをするもの。

だけどちょっと違っていた。いや、全然違っていました(笑)

 

5.いざ、初めてのパラグアイの年越し!

新年を迎える10分前。テーブルには少しずつものが準備され始めましたが、みんな座る気配はありません。

年越しが10分前だというのに特別な動きが見られません。肉の管理とのんびりとしたビールタイム。

 

ビールもジュースもあったけど、この果物&ワインジュースが美味しかった。

 

3分前。いきなりロケット花火の準備をし始めました。それも慌ただしく。

どこから発射するかを親族同士で言い合い、その間にも新年へのカウントダウンが刻一刻と進んでいく。個人的には危険じゃなければどこからでもいいじゃんと思いながら、パラグアイ人にはこだわりがあったようです。

結局、道路か庭論争が繰り広げられて庭から放つことが決まりました。

急いでロケット花火を準備するも残りあと1分。

 

 

1分前。花火の準備が完了しました。

てっきり新年を迎えると同時に発射するものだと思っていたのですが、まさかの1分前に着火し天に登っていく花火。まさしくロケットのごとくものすごい煙が庭一面に充満してむせてあたふたする人たち。

そんな状況の中、親族の一人が「あ、新年。」って。間違いなくタイミング外したと思ったし、そもそもみんな本当に新年お祝いする気あるのかなぁなんて思ってしまいました。だって誰も時間気にしてないから(笑)

 

 

そんなことで新年を無事に迎えると、親族全員とハグをして新年を祝いました。

別に乾杯とかそういうのはありません。日本で言う「あけましておめでとう」みたいな挨拶をしながらハグをし、それが終わると焼きあがっていない肉を待つタイムが始まりました。

計画性・・・

しばし待つと無事に肉も焼きあがり、新年に合わせることはできませんでしたが食事までたどり着くことができました。

 

肉とマンディオカの調理は外で。

ファイアーする肉。

このソパは×3セットでした。だれがこんなに食べるのだろうか・・・

奥がソパ。コメは野菜。

まな板の大きさ、皿の大きさ等から肉の大きさを判断してもらいたい。これがあともう1セットあったが手つかずで終了。

 

大量の肉、マンディオカ、ソパ(パラグアイの伝統料理)、米(こちらでは野菜と言われている)。。

準備するのはものすごい時間がかかったのに、食べるのは一瞬。

眠いのに耐えながら目をこすりながら食べる人、食べ終わって椅子で寝る人。要するに眠いんだなって思いました。

 

残り物①マンディオカ。

残り物②アサード。ちょっと手ブレ。。。

 

みんなすぐにお腹いっぱいになって全然食べないから、大量の残りが。

実際に食べたのは4分の1程度。派遣前訓練の食堂で出る残飯を目にしては「こんなんでボランティアになるのかなぁ」と思っていたのですが、パラグアイの人たちはそれ以上に残します。

皿に取り分けて残した食べ物は捨てて、それ以外に残った大量の食べ物はお持ち帰りしました。

 

 

発展途上国は日本よりも食べ物に困っている印象が派遣前にはあったのですが、どうやらぼくたちが派遣されているのは本当の発展途上国、貧困地域ではないんだなと、ふと思いました。

ぼくたちが見ている世界は実はそんなに困っていることがないんじゃないか、そうも思えました。

食べ物が手に入らずに餓死してしまう地域もあると勉強してきて、食べ物に対しては改めて感謝しなければならないと思っていたのに、こういう現状を目にしてしまうとちょっと残念。

もちろん、大量に作ってお腹いっぱいに食べることがこの国の文化なのだと思います。中華料理もそんな感じですよね?お腹いっぱいにさせることがいいという文化。

やっぱりこの点に関してはまだ慣れることができません。もったいないなと思ってしまいます。

 

 

同時に、本気で国際的な食糧問題に取り組みたい人は青年海外協力隊は手段としては不適切だなと思いました。

きっと別のほうがいい。ぼくたちが派遣されている発展途上国は普通に生活しているから。

 

記念撮影。とりあえずぼくが入った写真もあるはずだがもらえていない。なんかもういいや。

 

まぁ、こんなことを考えながら2018年を迎えました。

意外にも1時半頃には自宅に帰ることができました。もっとお祭り騒ぎするものだと思っていました。

日本のようにお年玉を渡す文化もありませんでした。ただ、ある行事をきっかけにいつも同じようにみんなのほほんと過ごすのがパラグアイのスタイルなのだと思います。

ちなみに大晦日よりもクリスマスの方が盛り上がりがありました。爆竹の量も花火も夜の長さも。

Whatsup(日本版LINE)でも流れてくるあけおめメッセージは極少数。これも日本とは違いますね。あくまでもその場所にいた家族との時間を大切にするという感じ。

 

 

こうして青年海外協力隊として初めて迎えたパラグアイでの大晦日。

改めて家族や親族との繋がりを大切にする国だなということを強く感じました。

パラグアイの大晦日は特別なことは何もありません。ただみんなでご飯を食べて新年を迎える。ただそれだけでした。

2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。
趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。

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ABOUTこの記事をかいた人

2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。 趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。