子どもという「可能性を宿した花のつぼみ」が開花するように、大人は水や肥料をあげよう。

 

しみ(@shimi_yurutabi )さんのツイートを見て、大人が子どもに接するときに、どうしたらいいかを考えてみた。

いつの間にか現実に縛られすぎてしまって夢を見なくなった大人。

そんな固定観念をいつの間にか子どもに押し付けていないだろうか?

ぼくはしみさんの考えに深く共感した。

 

 

大人の人生のほうが楽しい

 

ぼくはそう思っている。

確かに今までの人生で厳しい現実を見てきているかもしれないけど、基本的に人生は積み重ねの連続だからだ。

ジーンズと同じだ。長く履いた状態ほど、そこに深みが出る。

子供の時よりも知っていることが多いから見える世界は広いし、多くの経験は人生に深みを出している。

そして大人は自由だ。子どもの時の家庭からの制限を受けなくていいから、自由にいろいろなことに挑戦できる。

その自由には責任も伴うけど、自分が主体となってやるからこそ、人生は楽しいのだ。

 

 

でも、

大人になって、今まで積み重ねてきた多くの経験を全部ネガティブに捉えたり、責任を重圧だと感じたりしていたら、人生をポジティブに捉えることができない。

本来は楽しいはずの人生を、自分の人生に対する解釈の違いでつまらないものにしてしまうのはもったいない。

そして、どうにでもなる解釈のマイナスな面を、夢や希望にあふれる子どもたちに押し付けてしまうのはいかがなものか?

 

 

ぼくたち大人は、成長する過程でいろいろなことを大人から教わってきた。

中にはマイナスなことを教えられた経験もあるかもしれない。

でも、そのマイナスな経験までもわざわざ次の世代に語る必要はない。

なぜなら、本来人生は楽しいものだから。

人生は自分自身で楽しいようにデザインできるものだから。

 

 

だから、どうせだったら次の世代には楽しいように生きてもらおうよ?

自分たちが子どもの頃に思った「こうじゃない」を、自分の人生をデザインしている途中の子どもに受け継がせない。

むしろ、ぼくたち大人はマイナスなことも知っていればプラスのことも多く知っている。

それを武器に、ポジティブで楽しい人生の生き方を子どもたちに見せよう。

大人が楽しいと思えない社会に子どもが明るい未来を見つけることなんてできない。

現実を知ることは大切かもしれないけど、ぼくたちの生きる目的は「楽しむ」ためだ。

そんな楽しむ姿を、子どもたちに姿で見せる。

これが大切なんだと思う。

 

 

子どもは「可能性を宿した花のつぼみ」。

そのつぼみに大人は水や肥料をあげよう。

子どもはぼくたち大人が見たことがない可能性を秘めてる。

見たことがない種類の花を咲かせる。

それが次世代の可能性だ。

そんな子どもの夢が育つように、大人は応援しよう。

 

 

人生はデザインできる楽しいもの。

自由なのだから、どうせだったら可能性と多様性のある楽しい未来を、子どもと一緒に大人も作っていこう。

 

2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。
趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。

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2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。 趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。