パラグアイ陸上競技の指導者と選手から考察する技術的な問題

活動を始めて2ヶ月が経過しました。

首都アスンシオンと任地サンタロサの2箇所で陸上競技の練習を見てきたのですが、そこで見えてきた陸上競技の技術的な問題を考察したいと思います。

 

 

青年海外協力隊の要請書に書かれている活動内容は、主に

  1. 選手の育成・強化
  2. 陸上競技の普及活動

の2点。選手の育成・強化のためには運動技術を向上させる必要があります。

技術の進歩。そしてその発展した技術を理解する。「分かる」状態にする。そこから「分かる」を「できる」にしていくことが求められるわけですが、まずは2ヶ月見てきて気づいた技術的な問題を考えます。

 

1.日本の小学生でも当たり前にできることがパラグアイの中高生にはできない。

スキップができない。

準備体操の伸脚、ふかくができない。

 

日本でもスキップがぎこちない子供はいますが、準備体操の伸脚、ふかくができない子供はあまり見たことがありません。

ですが、任地サンタロサの小学校の体育で準備体操のデモンストレーションをしたとき、20人くらいいた子供たちのうち半分くらいが伸脚、ふかくができなかったのです。

カウンターパートは体育の時間と言ったらサッカーだけというパラグアイ体育の現状を変えるべく、一生懸命学校体育の内容を充実させようとしています。

だけどそれ以前に基礎の基礎の基礎ができない子供たち。そしてできないと言ってやらない子供たち。子供たちを黙らせるのだけで精一杯な先生。

基礎的な技術を身につけるにも精一杯な状況がパラグアイの学校体育にはあります。

 

 

パラグアイの体育はどちらかというと授業というよりも「遊び」。コーディネーション能力の向上とか集団行動の基礎とか、そんな目的は授業では見ることができません。

いや、もしかしたら学校体育要領にはそういう目的が書かれているのかもしれません。そうであったとしたら、まるでやろうとしていることとやっていることが違うのです。

体育で行われているのは遊び。野放しです。そんな状況では正しい技術、コーディネーション能力が身につくはずがありません。

 

小学校で縄跳びをさせてもみんな腕を大振りします。そして、それをぼくが教える前まではそれが正しい技術、当たり前だった。

 

そんな学校教育を受けて中学生くらいになった子供たち。当然何をやっても日本の中学生のほうが身体レベルは上です。

中学生になって陸上競技を始めた子供たちを指導していても、やっぱり基礎的な動きができないんです。

「もも上げはここまで上げるんだよ」

そうぼくが言って子供たちはももを上げます。だけど実際に上がっているのはほんの少し。運動における主観と客観が大きくずれています。

 

 

その場で行うもも上げができなければ、当然移動を伴うスキップもできません。

スキップはこうやるんだよと実演を踏まえて説明しても、実際にやる彼らのスキップはリズム感もなく、つまずきそうになるからすぐに止めてしまいます。

 

学校でのスキップの練習のために、カウンターパートが陸上競技の三段跳を取り入れた。できなさ過ぎて捻挫するんじゃないかと心配するレベル。

 

日本の小学校では体育の時間にはいつも準備体操をして体つくり運動をします。体育の授業も週に何回かあります。

ですが、パラグアイの学校体育はサッカーサッカーサッカー。そして体育の授業は週に1回。

子供の頃からの様々な運動経験の積み重ねが、中高生になった時の運動神経に大きな影響を与えるのだと改めて実感しています。

学校体育での運動経験のなさが技術やコーディネーション能力の不足につながり、そのことによって競技力が向上しにくいという現状が考えられます。

 

2.技術の習得源はYoutube。それを鵜呑みにする。

技術の習得源は主にYoutube。

首都に上がれば陸上競技や体育のセミナーみたいなものが開かれていますが、それでも地方に住む指導者はYoutubeが主体なのかなと思います。実際カウンターパートが体育教員の卵たちに示していた資料は全てyoutubeでした。

Youtube自体が悪いとは思いません。様々なアイデアを得ることができますし、本当に有益な情報もあります。

ただ、パラグアイの指導者たちはそれを鵜呑みにしすぎている印象です。「外国のすごい大学でされている練習だから間違いない」「すごい選手がやっていることだから正しい」そんな感じ。

そして教えられる選手側もそのまま受け入れてしまっている状況です。

 

この練習方法もyoutubeから引き出したもの。ただし、この練習は2ヶ月の間で1度しか見たことがない。

 

情報を得る側は様々な情報源から有益なものを取捨選択しなければなりません。必ずしもすごい人が取り入れていることがすごいわけではありません。

そして、さまざまな情報があるからこそ、本質を見抜かなければなりません。

昔よりも今の方が練習道具も練習バリエーションも増えていることは間違いありません。それでも昔の記録が今もナショナルレコードとして残っているものが多い現状を考えると、新しい練習の中に本質を見いだせていないのかなと思います。

昔の練習の方が動きの本質を突いた練習ができていた。新しい練習は派手で見栄えはいいかもしれないけど、それは競技力向上のためには不要なもの。

 

 

さまざまな情報に触れることができるし、それで恩恵を受けていることも理解できます。Youtubeは本当にいい情報源です。

ただ、それの取り扱い方が問題のように思います。本質を突いている情報を取捨選択する能力が指導者には少し足りないような気がします。

 

3.指導はYoutubeのままをやるだけ。そこに運動感覚というものが存在しない。

先ほどの話題と関係するのですが、指導者はYoutubeのままを教えて、競技者はそれをそのままやるだけなので運動の目的を理解していないように思います。

なぜ?なんのために?が運動感覚を養っていく上で大切なのに、それが完全に欠けてしまっているのです。

日本でも陸上競技の冬季練習は「質より量」という文化がありますが、それでもなぜ?なんのために?を考えながら練習します。だけどパラグアイの練習はそこがない。

やることが目的になってしまっているので「量」をこなすことが主眼が置かれています。

量が質を生み出すという考えも一理あると思いますが、それは基礎的な技術を伴っている場合。基礎的な技術がない状況で量をこなしても、間違った技術の反復練習になるので結果として何も成長しません。

 

動き作りのワニ歩き。だけどみんな動きがバラバラ。何のためにやるのか?そこまで考えられていない。

 

だからドリル(動き作り)を見ていても真似っ子程度で終わってしまう。形自体はできているように見えるからそれでよしとしてしまう。

そうなると技術の追求する段階まで行くことができない。だからパラグアイのトップ選手を見ていても不器用な人が多いです。

速ければいい。それは間違いではありませんが、より高いレベルに行くためには自分の運動感覚に敏感になって微調整、強化していく必要があります。

 

 

いい素質を持っている人はたくさんいると思います。

だからこそ、量をこなすことだけで運動感覚まで着目していない指導方法は問題があると思います。そしてもったいないです。

 

4.「分かる」と「できる」を混同している

これは指導者、選手ともになのですが、「分かる」と「できる」を混同してしまっています。

どういうことかというと、

  1. 指導者が技術の勉強をする(分かる?)
  2. だけど、教え方は十分よいものではないし、練習のポイントもずれている(分かった気になっている)
  3. 競技者の記録が伸びる(*実際は体の成長に伴って起こる必然的な記録の伸び。技術はよくない)
  4. 指導者は自分のやってきたことは正しいと思い込む(できる気になっている)

こんなプロセスがある気がします。

選手も同じ感じで、ある動きを見て理解する。そして理解したつもりでいることができるに変換されてしまう。だから成長がない。

 

ランジの仕方はわかっている。しかしやっていることは正しいランジではない。だから結果として「できていない」。

 

「分かる」と「できる」は違います。

実際は分かっているができていないというのがほとんど。それなのにできたつもりになるとプライドが高くなってしまって、なかなか外部からの情報を聞き入れない。

実際、首都ではたくさんのコーチが指導していますが、コーチ同士が技術の話をしているのを見たことがありません。それぞれのグループごとで孤立して練習しているという感じです。

お互いの考えや技術共有をすることで「分かる」部分に深みがまして「できる」の質が上がると思うんですけどね。。

 

 

分かったつもり、できたつもりが技術の向上を妨げているのは確実です。

 

5.練習してできないことはすぐに止めてしまう。

できないことが恥ずかしいのかわからないのですが、子供たちは初めての運動でもできなければすぐに運動を中断してしまいます。

誰しも初めての運動はできない可能性が高いのは当たり前です。運動感覚が優れている人は初見でできる人もいますが基本的にはできません。

サンタロサの競技者たちは、とにかくできなければすぐに止めてしまいます。そして休憩してしまうんです。

 

さっきも出てきた写真ですが、右上の立っている子供たちに注目。彼女たちは「できないからやらない」という選択をしている。

 

できないことをできるようにすることが練習ですが、サンタロサの競技者の多くは「できないことはできない」で終わってしまう。それが問題。

できない⇒休憩のサイクルであっという間に練習時間が終わってしまいます。練習時間は夏場の今はだいたい1時間半程度、そのうちの半分は本練習に入るための前準備。

ただでさえ毎日練習に来ない子供たち。今日来たかと思えば次来るのは来週とか、もう1ヶ月くらい会っていない選手もいます。そんな状況だからこそなおさら一回の練習での技術練習はしっかりやってもらいたいというのがぼくの気持ち。

そして今はぼくが指導している立場ですが、これをカウンターパートにやってもらいたい。あくまでもぼくがいなくなった後に現地の人達でできるかどうかが大切なので。

 

 

これはパラグアイの人たちの気質というか文化なのかもしれません。そもそも陸上競技なんて生活に直結するものでもなければ絶対的に必要なものでもないので。

だから緩くやっても問題ない。そんな感じに思っているのでしょうか?

指導している立場からすると少しでもできるようになってほしいなと思っているのですが、なかなかうまくいかない現状です。

 

ボランティアとしては「粘り強く・根気強く」指導していくことが求められている。

 

ぼくはパラグアイの陸上競技の発展のために派遣されました。

2ヶ月パラグアイの陸上競技と関わってきて、日本とパラグアイの陸上競技の違いを少しずつ感じることができています。そして全然違っていていいと思っています。

スポーツ文化も国民性も違う中で、それを考慮しながら陸上と関わっていくのはぼくに必要なことです。

その中で一番最初により良くしていきたいと思えたことが「技術」。フィジカルでは十分な人がたくさんいるからこそ技術の習得と技能の向上が必要。

ちょっと雑な言い方しますが、技術がしっかりしていればある程度はどんな練習をしても記録は伸びると思っています。

技術は陸上競技にかかわらず、スポーツの基礎。だからこそ様々な問題がありますが、少しでも技術の重要性を理解して欲しいなと思っています。

2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。 趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。

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ABOUTこの記事をかいた人

2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。 趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。