一流スポーツ選手における「偽りの自信」と「確固たる自信」の違いについて

 

本当の自信をつけるため

 

これが「練習の目的」だ。

 

 

練習は「できないことをできるようにするため」に行う。

  1. いつまでもできないと自信がつかない
  2. できなかったことができるようになると自信がつく
  3. できたつもりでいるのは「偽りの自信」がつく

このような関係性がある。

 

 

注目すべきところは、3つ目の「偽りの自信」がつくという点。

たとえ力持ちでいい記録を持っていたとしても、本質を追求できていない状態では本当の自信を身に付けることはできない。

技術が身についていなくてもいい記録が出ている状態は、「自分をコントロールできていない状態」だ。

だから条件によって記録にばらつきがある。

ばらつきがあるということは安定したパフォーマンスができないということ。波があるということ。

それは本当の実力ではない。

 

 

  • 自分のことを知っている
  • 何が大切か理解している
  • すべきことをできる

これが自信がついている状態。

 

 

tweetの「ベンチプレスをやったほうがいいか?」という質問に対して、ぼくは「休養と練習、どっちが大切か?」を尋ねると、彼は「休養」と答えた。

彼は分かっている。今、自分にとって大切なことを。

でも、実際は今やるべきことを見失いそうになっていた。

それは彼自身にまだ大きな自信がないからだ。

体を酷使することで「やった感」を得て、そこで安心しようとしていた。

でも違う。

 

 

ごまかしていたらトップ選手にはなれない。

本当に自信のある人は堂々としている。やるべきことを淡々とやっている。

休むことを「悪」だと思っていない。

練習は「トータル」だ。

心技体全てのバランスを考えて整える、そしてその質を高めることでレベルを上げていく。

 

 

自信がないことを量でごまかしていたら本当の自信は身につかない。

練習は「確固たる自信をつけるため」にやるものだ。

ごまかさない。今ある現状をしっかり把握して、そこに集中する。意識する。

競技レベル関係なく、今あるレベルで最高のパフォーマンスをするためには「心」が圧倒的に大切。

そのための練習だ。

 

「自分を信じる」。それが本当の自信だ。不安で量をこなすのは自分を信じきれていない。

 

  • 練習量
  • 強度
  • 努力量

そこだけで選手の良し悪しを判断するのは正直足りない。

選手がそこで何を感じているか、本当の問題は何なのかを指導者が感じ取って、それを選手と共有することが指導者の仕事だ。

ただ見ているだけだったら、才能ある選手を潰すことになる。

もちろん口出ししすぎるのも良くない。

ただ、指導者の立場としては「選手をずっと見守っている」、ただそれだけでも、選手としては自己肯定感が高まりやすいはずだ。

 

 

練習もコンディショニングもパフォーマンスも、全ては土台となる「心」をしっかりしなければならない。

練習の仕方、考え方は、その人の心が現れていると考えてもいい。

それを感じ取る。それがぼくが考える、指導者の役割だ。

 

2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。
趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。

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2017年9月から南米パラグアイで青年海外協力隊の陸上競技隊員として活動中。大学ではスポーツを専攻。日本でコーチング後、パラグアイでナショナルレベルまでの選手の育成強化・競技の普及活動、及び小学校体育教育を行っている。 趣味はカメラとトレーニング。ブログとSNSの更新頻度は多め。